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仙台地方裁判所気仙沼支部 昭和58年(ワ)37号 判決

原告

佐藤義弘

右訴訟代理人弁護士

小松亀一

被告

株式会社北宮城毛利金融

右代表者代表取締役

及川高喜

右訴訟代理人弁護士

千田實

主文

一  被告は原告に対し、金二九六万九一二七円及びうち金二〇〇万円に対する昭和五八年九月一四日から支払済まで、うち金九六万九一二七円に対する昭和五八年一〇月二〇日から支払済まで年五分の各割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二九六万九一二七円及びこれに対する昭和五八年八月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外佐藤正吉(以下「正吉」という。)は、昭和五四年二月六日、被告から金一四五万二四五〇円(名目上は金一五〇万円)を借り受け、以来別紙計算書1ないし3記載のとおりの年月日に、同1ないし3記載のとおりの各金員の借入及び支払を継続してきた。

なお、昭和五六年二月一六日の借入れは、名目上金七〇〇万円の借入であるが、実際の金銭の授受は次のとおりである。

(一) 昭和五六年二月一五日現在、正吉には、昭和五四年一〇月一八日付借入金いついて、名目上元金二〇〇万円と二月一日から同月一五日まで一五日分の利息金三万三〇〇〇円の合計金二〇三万三〇〇〇円の残債務があつた。

(二) 同月一六日、正吉は被告から名目上金七〇〇万円を借入れ、右残債務金二〇三万三〇〇〇円と、金七〇〇万円についての同月一六日から同月二八日までの一三日間の日歩八銭の割合による利息金七万二八〇〇円を差し引かれ、現金として四八九万四二〇〇円を受領した。

従つて、先の金二〇三万三〇〇〇円の債務については準消費貸借契約が、交付された金四八九万四二〇〇円については消費貸借が成立し、両者を合算した金六九二万七二〇〇円について両契約の混合契約が成立し、新たな借入として一本化されている。

2  右借入支払について、別紙計算書1ないし3記載のとおり利息制限法所定の利息額を超える部分を元本に充当すると、昭和五八年七月一一日現在の正吉と被告との債権債務関係は次のとおりである。

(1) 昭和五四年二月六日及び同年三月三〇日借入分については、金七万四四二一円の過払

(2) 同年五月二四日借入分については、金四七一〇円の過払

(3) 同年八月一一日借入分については、金二万六五一六円の過払

(4) 同年一〇月一八日及び昭和五六年二月一六日借入分については、金四四〇万七八〇〇円の残債務(元金三九八万六二九八円及び遅延損害金四二万一五〇二円)

なお、右金額を算出した理由は次のとおりである。

① 正吉の借入については、一応契約書上形式的には弁済期について借入日の三か月後とし、期限後の損害金についても記載がある。

しかし、正吉は、昭和五四年一〇月及び昭和五六年二月、被告から金員を借入れる際、被告の代理人である被告会社気仙沼市仲町店の店長である佐藤巳之吉より「一応返済期限は三か月と定めるが、毎月約定の利息さえ支払えば元金の支払はいつでもよい」と約されていた。このことは次の事情からも明らかである。

(一) 正吉は、利息の支払が遅れるまでは元金支払の請求を受けたことは一度もなく、約定の弁済期後も被告は当初の利息を請求するに留まり、損害金条項を適用していなかつた。

(二) 正吉に対して被告が発行する領収証は、契約上の期限後においても、通利あるいは利息という記載がなされているものが大部分であり、被告自身においても、期限後に損害金として正吉の支払を受領していたのではないことを明らかにしている。

(三) 被告は金融業者であり、貸付による利息が唯一の収入源で、利息収入をあげるためには貸付を維持する必要がある。被告にとつては、利息さえ約定どおりの支払があれば返済は必要なく、むしろ、返済によつて被告の収入が減るので、返済されない方がよい。従つて、利息の返済が滞るまでは、被告にとつて正吉は最良の客であり、元金の返済を被告は望んでいなかつた。

② 右により、正吉の借入については、元金の弁済期に関し、毎月の利息の支払の遅延がない限り定めがなかつたと見るべきことは明らかであるから、元本についての期限が到来したのは、利息の支払を怠つた昭和五七年一二月一日からである。

3  よつて、正吉は被告に対し、昭和五八年七月一一日現在、債務として金四四〇万七八〇〇円の借入金債務、債権として合計金一〇万五六四七円の過払による不当利得返還請求権を有し、相殺適状となつていた。

正吉は被告に対し、昭和五八年八月二六日、相殺の意思表示をなした。

結局、正吉は被告に対し、昭和五八年七月一一日現在、金四三〇万二一五三円の債務を負つていた。

4  訴外佐藤巳吉(以下「巳吉」という。)は、昭和五八年七月一一日、正吉の連帯保証人として、被告に対し、正吉の支払義務ある債務が前項のとおり金四三〇万二一五三円であることを知らずに、被告から請求されるまま金八二〇万四六七二円を支払つた。

よつて、被告は巳吉の損失においてその差額を不当に利得しているから、巳吉は被告に対し、右同日、金三九〇万二五一九円の不当利得返還請求権を取得した。

5  巳吉は、昭和五八年八月二五日、右金三九〇万二五一九円の不当利得返還請求権のうち金八〇万円を原告に譲渡し、同日、右債権譲渡について内容証明郵便により被告に通知し、右通知は、昭和五八年八月二六日、被告に到達した。

更に、巳吉は被告に対し、同日、右債権譲渡後の残金(三一〇万二五一九円)についても不当利得として返還請求をした。よつて、被告の巳吉に対する不当利得返還債務は、昭和五八年八月二七日から付遅滞となつた。

6  訴外今野宗人(以下「宗人」という。)は、原告を連帯保証人として、昭和五六年九月一日、被告から金一七〇万円を借り受け、別紙計算書4記載のとおりの年月日に、同4記載のとおりの各金員を支払つてきた。

7  右借入支払について、利息制限法所定の利息額を超える部分を元本に充当すると、昭和五八年八月二六日現在、宗人の被告に対する債務は別紙計算書4記載のとおり金五四万二九六四円(元金五三万一二〇八円及び遅延損害金一万一七五六円)である。

なお、右金額を算出した理由については、宗人が被告から借入れをする際、被告代理人佐藤巳之吉から、「一応返済期限は三か月と定めるが、毎月約定の利息さえ支払えば、元本の返済はいつでもよい」と約されていたほか、前記正吉につき主張したのと同様の理由による。

従つて、期限が到来したのは昭和五八年三月一日からである。

8  原告は被告に対し、昭和五八年八月二六日現在、債務として右金五四万二九六四円の宗人借入金についての連帯保証債務、債権として巳吉から譲り受けた金八〇万円の不当利得返還請求権を有し、相殺適状となつていた。

原告は被告に対し、右同日、相殺の意思表示をなした。

9  原告は、昭和五八年九月九日、巳吉から、同人が被告に対して有する不当利得返還請求権全額について債権譲渡され、巳吉は、同日、その旨を内容証明郵便にて被告に通知し、右通知は昭和五八年九月一二日被告に到達した。

10  よつて、原告は、巳吉から譲り受けた被告に対する不当利得返還請求権(金八〇万円と金三一〇万二五一九円の合計)より昭和五八年八月二六日に相殺によつて消滅する宗人の被告に対する借入金の連帯保証債務(金五四万二九六四円)を差し引いた金三三五万九五五五円のうち金二九六万九一二七円と、これに対する被告の不当利得返還債務が付遅滞となつた昭和五八年八月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因第1項中、原告主張のとおり金銭の授受がなされたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

2  同第2項は否認する。なお、正吉と被告との取引内容は別紙計算書5記載のとおりであり、その法定利息の明細は同6ないし12記載のとおりである。これによると、正吉の被告に対する過払額は金九一万二五五七円である。

3  同第3項は否認ないし争う。

4  同第4項中、巳吉が被告に対し、金八二〇万四六七二円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。

5  同第5項中、被告に内容証明郵便が到達したことは認めるが、その余は否認する。

6  同第6項は認める。

7  同第7項は否認ないし争う。なお、宗人と被告との取引内容は別紙計算書5記載のとおりであり、その法定利息の明細は同13及び14記載のとおりである。これによると、宗人の被告に対する残債務は金九〇万三三三一円である。

8  同第8項は否認ないし争う。

9  同第9項中、被告に内容証明郵便が到達したことは認めるが、その余は争う。

10  同第10項は争う。なお、正吉の過払額と宗人の残債務額とを相殺すれば、別紙計算書5記載のとおり、被告は金九二四六円の過払を受けているにすぎない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一借入金額について

原告は、実際受領額をもつて借入金額である旨主張し、被告は、貸付名目額をもつてそれである旨主張する。

金銭消費貸借の締結に際して、借入金の全額が、現実に授受されなくても、借主に、現実の授受がなされたときと同一の経済上の利益を与えることができるのであれば、同金額の消費貸借の成立を認めるべきである。

当事者間に争いがない事実、〈証拠〉によれば、次のことが認められる。

1  昭和五四年二月六日付借入について、被告は、右金銭消費貸借の締結に際し、利息をあらかじめ計算し、これを前払の形式をもつて元本額一五〇万円から控除して差引残額一四六万二〇五〇円を原告に交付し、原告に名目上の元本額一五〇万円を期限に返還させることを約したことが認められ、これは、いわゆる利息の天引であり、右前払の利息に相当する金額三万七九五〇円については、現実に金銭の授受がなくても、原告をして現実の授受がなされたのと同一の経済上の利便を得させるにおいては、同金額の消費貸借が成立するところ、利息制限法において、天引については契約どおり全額について消費貸借が成立するものとし、かつ、天引は利息の前払と認め、ただ、利息制限法を適用するにあたつては、現実に交付された金額について利息制限法の許す最高額の利息を算出し、これを超過する天引部分は元本に充当されたものとみなすとしているので、これによれば、右昭和五四年二月六日付借入は、借入金元本は一五〇万円、天引額三万七九五〇円が受領額一四六万二〇五〇円を元本として制限利率年一割五分により計算した金額六〇〇円を超えるので、その超過部分三万七三五〇円の元本一五〇万円の支払にあてたことになる(別紙計算書15)。

2  昭和五四年三月三〇日付借入及び昭和五四年八月一一日付借入についても、右同様であるから、それぞれ元本は金五〇万円及び金一〇〇万円となり、各天引額中、それぞれ四五四円及び二万二六二〇円がいずれも元本の支払にあてられることとなる(別紙計算書15)。

3  昭和五六年二月一六日付借入は、原告の実際受領額は四八九万四二〇〇円であるが、二〇三万三〇〇〇円を原告の前債務の支払に使用したため、同金額は現実に授受なされていないけれども、被告において一旦原告に右金額を交付したうえ、更に原告から右支払金として受け取る手続を省略したものであるといえるから、原告に現実の授受ありたると同一の経済利益を得させているし、他に金七万二八〇〇円が天引利息として差し引かれている。

従つて、右各金額の合計金七〇〇万円が借入元本となり、天引額七万二八〇〇円が実際受領額四八九万四二〇〇円と前債務支払充当額二〇三万三〇〇〇円の合計金六九二万七二〇〇円を元本として制限利率年一割五分により計算した額二八四六円を超えるので、その超過部分六万九九五四円は元本七〇〇万円の支払にあてたこととなる(別紙計算書16)。

二弁済期限について

原告は、「各借入につき、一応、契約書上形式的には弁済期限を借入日の三か月後とし、その後の遅延損害金についても記載がなされているが、被告から、毎月約定の利息さえ支払えば元金の支払はいつでもよいと約されていたので、期限の猶予を受けていたことになり、元本について期限が到来するのは利息の支払を怠つた日からである」旨主張し、被告は、「期限はいずれも三か月後に到来し、その後は遅延損害金が支払われべきである」旨主張する。

1  当事者間に争いがない事実、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

被告が主張する各借入日から三か月後の期限が到来した後においても、被告は原告に対し、元金全額と遅延損害金の請求をしたことはなく、むしろ利息の支払を請求し、これを受領し続け、その受領に際しては、受領金額につき利息ないし通利などと記載した領収証ないし計算書などを交付している。すなわち、もし原告が弁済期限を徒過したならば、被告としては元本及び利率が徒過前の利率より高率となる遅延損害金の支払を請求できることになるが、被告は右期限後も元本の利用を原告に許容し、その返済を求めず、利息より高額である遅延損害金の支払を求めることもなく、利息相当額で受領し続けていたのである。

2 期限を猶予するか否かは被告の自由に属し、期限が到来しても、なお貸倒れの危険等がない限り、原告に対し元本の利用を認め、利息の支払を受けていることの方が、あるいは被告にとつて得策である場合もあろうかと推察されることからすれば、元本や遅延損害金の支払を求めず、利息を受領していた被告の右行為については、原告が主張し、証人佐藤正吉の証言するように、被告は、利息の支払を受ける以上、何ら期限の条項を適用する意思がなく、利息の支払を前提に、期限の猶予をしたとみるのが相当である。

従つて、佐藤正吉分については、利息の支払を怠つた昭和五七年一一月三〇日の経過により(別紙計算書17)、今野宗人分については昭和五八年二月二八日の経過により(別紙計算書18)、それぞれ各元本につき期限が到来したというべきであるから、各同日を境にして、利息と遅延損害金との区別をなすべきこととなる(別紙計算書17及び18)。

三原告主張のとおり金銭の授受がなされたことについては、被告もこれを認める旨主張しているが、原被告の主張する金銭授受に関する別紙計算書1ないし14の記載をつきあわせると受領金額の不一致、計算の不一致がみられ、これは関係証拠に徴すると誤記、誤計算に基づくものと思料されるところ、原告主張は、結局、利息制限法にのつとつた計算を要求するにつき、被告主張も同法に依つた計算を要求するにつきるから、誤記、誤計算は訂正し、その訂正に基づいて計算すると、別紙計算書15ないし18記載のとおりとなり、これによれば、過払額は金二九六万九一二七円となる。

更に、〈証拠〉によれば、被告は原告から、昭和五八年八月二六日に到達した同月二五日付内容証明郵便で、過払金中二〇〇万円を昭和五八年八月末日までに支払うよう求められ、ついで昭和五八年九月一二日到達した同月九日付内容証明郵便で、昭和五八年九月一三日までに支払うよう再度求められたことが認められる。

そうすると、原告の被告に対する金二九六万九一二七円の過払金の返還請求は理由があるからこれを認容し、うち金二〇〇万円については、原告が被告に対し、昭和五八年九月一三日までに支払うよう請求しているから、その翌日である昭和五八年九月一四日から支払済に至るまで、うち金九六万九一二七円については、被告に対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五八年一〇月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で原告の請求を認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官原田 卓)

別紙計算書1~18 (省略)

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